2015年2月22日日曜日

脳梗塞退院後4日目 会議出席

昨日の天気は日本晴れでした。
気持ち良く、ワンコの散歩で朝食。
体調は変わらず、左半身の痺れ。
今日は理事会、事業委員会と長丁場の会議予定。
1時間前にクルマのエンジンをかけようとしたらバッテリー上がり。
急遽、修理屋さんに電話してエンジン始動。
昨日のテストドライブ後、ヘッドライト確認が仇になる。
点けたままだった。
会議前に眼鏡屋さんに行って頼んだ眼鏡を受け取り。
会議は慎重に対応。
しかし、時間が経つといつも通りに。
つまり、弁舌さわやか。
まあ、自分の感想ですから。
会議中は痺れも軽減して病気を一瞬忘れる。
快気祝いの焼肉パーティーは辞退。
かなり疲れたし、食べる気にもならない。
帰って、ラーメン。
会議中は痺れも軽減して病気を一瞬忘れる。

食後、電話。
気持ちはわかるが勘弁してほしい。
クレーム処理で2時間かかった話。
落選した親から入れてくれとの請願だから正式にはクレームというより願いだと思うがやり方が抗議的。
組織としてはルールは崩せない。
区民皆泳とは区民平等のチャンスを意味する。
それを曲げていては会の目的を失う。
しかも、使っている施設は区民のものだということ。
組織の上部団体に誠意と願いを伝えてそこから指示がなければ私たちは動けないという内容で返事するように伝えた。
2時間程度対応しぐったり。

会議、人と話してわかったのは、内容的変化。
表現を含めて、懐柔的になっている。
自分はもっと先鋭的人間だと思っていたが怪しい。

会議後、ひとりの委員から声を掛けていただいた。
彼女自身、脳梗塞の発症経験がありもう8年まえだそうだ。
一緒に指導にも入っている。
見かけも自覚も後遺障害はないらしい。
ある意味で病気を語るのは同病が一番理解しやすい。
当時の彼女の苦悩は私にはなんとなく判る。
もっとも、8年前にはなにも感じなかった。
正直、病名も知らないし、漠然と水泳練習中に脳梗塞が起こった程度だ。
すぐに復帰したんで軽い脳梗塞、しかも若いという印象。
今回、メールのやり取りで実際は私の経験と同じような心の揺れを感じた。
なんとか無事だったことの喜びと今後の不安ということ。

病気を治すのは気力だと言われる。
確かに気力が無ければ立ち直るのは無理だろう。
しかし、気力は必要な要素だが全てではない。
やはり、それ以外でも心理的重さをどう克服するか。
つまり、総力戦だなあと思っている。
会議に出ることでで自信にもなるし限界も感じる。
そんな外的刺激をうまくコントロールすることだろう。
これで会議は1ヶ月程度ない。
あっても欠席できる。
そんな逃げる感情があるのも今までと大きく違う。
今までなら、どんどん会議を作ったものだ。
それだけ弱気にさせる病気だと思い知った。


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