2014年7月17日木曜日

新幹線 無事故神話考

1964年東京オリンピック開催に合わせ日本は総力で技術力を上げ画期的事業を成し遂げる。
そのひとつが国鉄という公社を使い時速200キロの超高速列車の開発だろう。
当時は時速80キロ程度で特急という時代にその2倍以上で走る高速鉄道を開発するには、国家事業として法律を変え 、国鉄、製造企業が総力で取り組んだ。
もともと、戦前からあった事業計画だったが戦争で塩漬けになっていたと考えている。
植民地政策の一環として弾丸列車を九州から中国各地へ時速150キロで結ぶ計画。
昭和16年、1941年から100キロ程度の用地買収とトンネル工事着工程度で頓挫。
新幹線でもこのルートをほぼ踏襲している。
東京、大阪間3時間という計画で整備法がつくられ、1959年着工でわずか5年で完成。
日本の交通政策は東京オリンピックを目標に全て計画完成されている。
高速道路、首都高速、新幹線とそれ以降、日本の幹線とし世界一の国民総生産国となる。
つまり、流通を整備することで成り立つ経済を作り上げたということ。

さて、新幹線は踏切がない。
平面交差を一切しない設計。
基本設計で標準軌、カーブミニマム2500M 、車両設計などこれら全てで安全とは思えない。
やっぱり運行する人の能力、技術力が重要だったとおもう。
これが外的事故発生を完璧に防御した。
国鉄マンの時間管理。
経費より時間管理が優先していた当時の鉄道運行は世界で稀な企業でいられた。
国民のルールを守る倫理観。
あるいは、終身雇用で班制度で互助力、小さなミスを全体で責任を取る制度などなど。
上司は部下を守り、親密で信頼できる人間関係。
高速でホームを駆け抜ける新幹線にホームの人間がひとりも近づかない。
線路を歩いたり渡ったりする人間がひとりもいない遵法精神。
まあ、色々な国民性があったからこそだと思う。
いずれにしても50年間無事故、半世紀無事故は奇跡。

ある意味で日本のいい部分が揃った時期だった。
今は企業は利益追求での存続が当たり前でコンプライアンスを持ち出さなかれば無法地帯という状況だろう。
あるいは上司はミスを部下の責任になすりつける 。
部下は上司を信頼出来ない。
こんな時代でこれからも無事故で運行できるとは思えない。
さらなる安全管理という締め付けが必要ではないか。
何しろ、国民が受難を受けることがわかっている原子力発電を続けるような政治。
その政治家を選ぶ国民。
結果は必ず来る。
今すぐではなく近い将来、ちょっと先の未来だろう。
今は便利だからというツケをいつかは払うのが世の常。

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